2016年06月17日

医師として、研究者として、人生航路に迷う当事者として、生きる (田宗秀隆)

“自分探し”。
かっこいい言葉ですが、果たして本当の“自分”というものは存在するのでしょうか。

若い研究者によるリレーエッセイ。
まだ大学院にすら進学していない私にバトンを回してくださった意を汲んで、若い医師の視点で研究について考えてみます。

申し遅れましたが、私は都立病院で勤務する精神科医で、東大精神神経科にも所属しています(ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、医局、というヤツです)。医師5年目なので、まだ専門医ではないものの、ぼちぼち「精神科」という営みに参画して違和感を覚えなくなった時期です。

そんな私は最近、いくつかの大きな大きな喪失を経験しました。楽観主義の自分であっても、一時期は悲観的で絶望的な気分になりましたが、やっと持ち直して、長い間お待たせしていたこのエッセイを書く気になった、というわけです。

その回復、リカバリーを支えてくれたのは、私をよく知る同僚・先輩、そして家族でした。時間と空間を共有し、傾聴し、そして共感してもらいました。精神科医として振舞っている時には私が支える側に立っているのでしょうが、自分が癒やされた体験があればこそ、患者さんが危機に直面しているとき、揺れることなく毅然と振る舞うことができるだろうなぁ、とあらためて感じました。
それは言い換えると、自分を含めた多くの「患者」が寛解していく経過を「知っている」ことで、「今はつらいけれどもリカバリーできる」という希望を信じて、今・ここに存在し続けられる、ということなのだと思います。

最近、重いうつ病の患者さんが退院直前に「先生に初めて会った時にかけてもらった2つの言葉を今でも忘れません。必ず良くなる、と言ってくれたこと。それと、良くなるのを見届けるまで私は逃げずに責任を持つ、と宣言してくれたこと。このおかげで安心して入院することができました」と感謝してもらえました。まさに、うつ病の初期に最も重要な、“希望を処方する”ということが奏効したのでしょう。

笠井清登は、精神医学を「脳、生活、人生の統合的理解にもとづくリカバリー支援学である」と定義しています。(東大精神神経科Website参照)
一時期、精神科医療において、Bio-Psycho-Social アプローチという考え方が一世を風靡しました。Bioは生物学的、Psychoは心理学的、Socialは社会学的、という意味です。現在ではEthicalすなわち倫理的側面も重要視されていますが、いずれにしてもこの考え方からさらに一歩踏み出し、生活・人生を思い描きながら、個人の持つ「価値」をより重視した精神医学を模索しているのが東大精神科の方向性です。

私の指導医は「薬の使い方に慣れてくると逆に薬(Bio)の限界を感じて精神療法(Psycho)と社会資源(Social)がすごく見えてくる。一方、心理社会面(Psycho-Social)を軸にハートフルな診療をしているとイザという時の薬(Bio)の劇的な効力を実感する。その間で揺れ動くのが臨床医ですよ」というようなセリフをつぶやいていました。
臨床経験を積むにつれ、この言葉がだんだん理解できるようになってきた気がしています。

さて、リカバリー支援のために、精神科領域ではどのような研究が求められるでしょうか。

一般的に、医学界では、RCT(Randomized Controlled Trial:ランダム化比較試験)が最もエビデンスレベルが高いとされ、Case report(症例報告)のエビデンスは低いとされています。ちなみに、専門家の意見はもっともエビデンスが低い扱いです。
では、精神科もRCTをたくさん積み重ねれば、真実がわかるのでしょうか?
――私は、そうは思いません。

オーダーメイドの精神科医療とは、ガイドラインをわきまえつつ、残りの「ゆらぎ」に着目して話し合いを重ねていくことだと思います。その「ゆらぎ」こそが、その当事者の他人との違い、「価値」なのではないかと思うのです。
エビデンス、や、ガイドラインは、たしかに最大公約数的な医療を保証してくれますが、その基盤である大規模臨床試験は、そもそもその最大公約数以外の「ゆらぎ」を「誤差」とみなしてあえて切り捨てているわけです。これを杓子定規のように現実世界に当てはめようとしても、なかなかうまくいかないのは容易に想像がつきます。

研究においても、王道を少し逸れた小径にこそ、新しい発見が隠れているのではないかと思っています。その発見は、盲目的に王道を突き進んでも、進んできた道(歴史)を完全に逆走しても見落としてしまうのではないでしょうか。

ですから、私はなるべく一人ひとりの「ゆらぎ」に目を向けるようにして精神科医療に携わり、臨床医としてはその「ゆらぎ」を学会や論文で報告するように努めていこうと思っています。丁寧に「ゆらぎ」を記述していくことで、新しい何かが「わかる」かもしれません。

…わかったようなことを書いてきましたが、一方で、私自身のいくつかの喪失体験を通じて、西田幾多郎のいう「絶対の他」の「絶対的非合理性」を身をもって感じたのも事実です。

どれほど、わかったような気になっても、“自”や“他”というものは相対的にしかわかりえない。では、せめて「わかる」に近づくにはどうすればいいのでしょうか。

ある精神科医は言いました。読書したり勉強したりして「わかる」ことは、今まで「わかっていなかった」ことも同時に「わかってしまう」ので、すごく怖いことだ、と。
たしかに、新しいことだと思ってよくよく調べてみると、実は何十年も前に指摘されていたことがわかるということもしばしばです。

そんな中、私の今までの論文は精神医学と身体医学の境界領域ばかりですし、これから研究したいことも、神経系の「脇役」的扱いを受けてきたグリア細胞だったりします。
…少なくとも、王道からは外れています。趣味のフットサルでも、自分でゴールを決めるよりキレイなラストパスを出す方が好きなあたり、根っからの「支援」好きなのかもしれません。

リカバリー支援を行う専門職として、精神科医は私にとって天職だと感じていますし、精神科医であることに誇りを持っています。

“自分”はわからないかもしれないけれども、支援し、研究することを通じて他人の幸福に貢献できたら、ひいては自分という存在が際立って私の前に存在してくれるのではないか。そんなことを考えながら、医師かつ研究者、である自分は、人生航路に迷う当事者(患者)として、脳を「わかる」ことを求めて生活していこうと思っています。

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田宗 秀隆
東京都立多摩総合医療センター 精神神経科
東京大学 精神神経科
http://researchmap.jp/tamune-tky/

生物物理の研究をしようと思い立って医学部に進学した後、神経細胞生物学教室(岡部繁男教授)に居候して勉強するうちに、かえって臨床現場にも興味を持ちました。麻酔・救急・総合診療に心惹かれた時期もありましたが、初志貫徹して精神神経科医として働いています。臨床面でのmottoは「全ての人に標準的こころのケアを。全ての精神疾患当事者に標準的内科診療を」。
今の悩みは、山積したunmet medical needsをいかに研究の言葉に落としこむか、です。
そろそろ一本の軸を立てて、発散から収束に向けて舵を切りたいと思っています。
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