2010年01月17日

「“謝辞”を考える。」白川 慶介

若手研究者、とりわけ大学院に進学して2年目の学生にとって、この時期の風物詩といえば、やはり“修士論文”です。

あちらの部屋でも、こちらの部屋でも同じ学年の“同志”が2年間の成果を、血眼になってまとめあげています。かくいう私も、決して“優秀”な学生ではないので、この時期にきて生活スタイルを変更する、という憂き目を見ています。1日は36時間。二回寝ると、いつの間にか外の世界では3日たっています。

さて、先日指導教員にこの時期になると理学部の7階の廊下には、バットが立てられる、という不思議な話をききました。何でも、締め切りのプレッシャーに負けそうになる自分の心を奮い“立たせる”意味があるのだとか、ないのだとか。
別の友人は、一週間ごとに自前のポスターを印刷しては、机の横に貼り、気合いを入れ直しているようでした。

心が折れそうになるこの時期、自分の心を奮い立たせる工夫は、人それぞれのようです。
私は、といえば疲れた体に気合いと栄養を注ぎ込んでくれるドリンク剤、この空き瓶を年明けより机の上に並べることにしました。なんだか、自分の“闘い”の記録が机に刻まれていくようです。

“裏”の謝辞では、栄養ドリンクを提供してくれている製薬会社に、御礼を申し上げなければ、と思う今日この頃です。
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