2010年11月25日

「動物が好き、鳥が好き」一方井 祐子

でも、小さい頃は鳥になんて興味がなかった。

私の父は昔からちょっとしたバードウォッチャーだった。「あれは○○という鳥だよ!」と何度も双眼鏡を手渡された記憶がある。しかし、当時の私には「ふーん」という感じだったのだ。ただそれだけ。

私は小さい頃から動物が好きだったし、今も好きだ。ただ、当時は、ふわふわで、もこもこで、円らな瞳の動物が好きだった。イヌ、ネコ、ウサギ。私が好きな動物は飽くまでも「可愛い」の対象だったのだ。

「ふわふわで、もこもこで、円らな瞳?」
「それこそ鳥でしょ!」

と、今の私なら間髪入れずに突っ込むと思う。しかし、当時は鳥たちの瞳を真剣に覗きこんだ経験などなかったのだ。「鳥」と一口にいっても、いかに多様な種類が含まれているかなど知ろうともしなかった。だからスズメもツバメもオウムもインコも全て同じ「鳥」だったのだ。ただそれだけ。

それが物凄い変わりようだと、自分でも思う。
私の大学(院)生活が完全に鳥中心になってしまったのだから!

大学に入り、私は動物研究の世界に足を突っ込んだ。しかし、それは鳥の研究に携わろうと思ったからではなかった。当初は霊長類の研究に携わる気満々だったのだ。そのはずが…「世話をする人が足りないから、とりあえず小鳥たちの世話をお願いします。ね?」という巧みな誘いにまんまとはまり、気がつけば彼らの魅力に完全に囚われてしまった。

そんなわけで、私は今では鳥が大好きだ。

犬のようにカカカカカと足で首筋を掻く姿、豪快に水浴びをする姿など、見慣れた仕草だと分かっているのに思わず見とれてしまう。それほどまでに彼らの姿は美しい。さらに、紙とペンと私の気力(これが一番重要な気がする)をもって彼らの行動を地道に記述していく。すると、今まで見えなかったものが見えてくる。つがい関係の形成、優劣関係の形成、群れの変化。この瞬間が面白いのだ。「もしかして?」と感じていたことが、「こうか!」という確信に変わる。ひとりテンションが高まったところで、「でも、本当にそうなのか?」という突っ込みに変わる。毎日がその繰り返しだ。結局、形になるのはそのうちの一握りのアイディアだけなのだけれども、それでもその一連の過程が実に面白い。

自分の研究内容を聞いてもらうこと、これは一番心躍ること。同時に、自分の研究を説明することは一番難しいことでもある。的確な突っ込みを受けて、うっっと詰まることも度々ある。しかし、その度に考えが深まっていく。新しいアイディアだってむくむくと湧いてくる(かもしれない)。そして、明日も頑張ろうと思うのだ。単純だと言われそうだけれど(そして実際、私は物凄く単純なわけなのだけれども)。

そう、私は研究が好きなのだ。鳥が好きなのだ。
落ち込むこともあるけれど、私、この研究が好きです(とか言ってみたり)。