2011年04月09日

「きゅん!を集める」徳田 周子

馬術を習ったことも、農場で働いたこともないし、馬券を買ったことも(一度しか)ない。けれどどういうわけだか、物心ついた頃から馬が好きでたまらない。
横、前、後ろ、走る群れに親子。あらゆる角度、あらゆるポーズの馬の絵を描いてばかりいる子供だった。描く時は写真を見ない。動物園やテレビでかじりついて見つめた馬の姿を頭の中で再現する。描いて描いて続けて描き過ぎて、関節などの細部を盛り込み過ぎると次第にバランスが崩れて変な絵になった。そういうときは別の動物を描いて、また馬に戻った。

馬の何が好きなのか?もちろんその姿かたちの美しさなんだけれど、なぜ馬だけにそんな特別な美を感じるのかはわからない。
馬への愛着の余波を受けて私は動物全般が大好きで、動物を眺めていれば幸せというそれだけで、生物学を学ぶと子供心に決めてしまった。高校になって発生という分野を知り、私の好きな動物を、その動物たらしめる「かたち」が作られるありさまを見たいと思った。

やがて研究を始め、カエルと1年、ハエと2年生活を共にした。研究は眺めているだけではどうにもならない。生き物とは驚くほどの精巧さがぎゅうぎゅうに詰め込まれた、混沌だ。解くべき問題は天からは降っては来ない。自分で、知識と技術の二重装備をしてこの混沌の中から掬いあげなければならない。混沌の海であっぷあっぷとしているうちに過ぎ去った3年間だったけれど、世話の合間に動物たちの姿やしぐさに見とれる時間は3年を泳ぎきる救命用浮輪だったように思う。無我夢中で餌を口にかきこむあまり仲間の足までくわえてしまうカエルたちや、手をすり足をするきれい好きなハエたちに、柄じゃないけど、“きゅん!”としてしまうのだ。

さて、遡って読んでいくとわかるように、このリレーエッセイの書き手たちは、それぞれ千差万別の「きゅん!」の持ち主だ。実験結果から仮説を組み立てる、その楽しさは研究に携わった誰もがきっと共有している。無論それこそが研究の醍醐味ではあるけれど、その他に、日々の暮らしを彩るもの。実験の本筋からはちょっと外れてもついつい力説してしまうもの。実験室に一人でも夜中でも、疲れも吹っ飛ばしてしまう何か。それが個々人違ってるって、ほんとに面白い…と思いませんか?色んな人に、あなたをわくわくさせてやまないものは何、って聞いてみたくないですか??

そういうわけで、“きゅん”蒐集家になろうという野望を胸に秘め、明日からとある報道機関で働くこととなった。対象は研究者に限定されなくなっていくのかも。この世にいろんな“きゅん!=楽しみ方”があるってことを、皆で共有したら、何倍も生きてる楽しさが増えるんじゃないだろうか。そんな楽観を持っている。こんなのほほんとした個人の願望が仕事になるのかどうか…は、数年経ってのお楽しみです。