2012年05月14日

「わたしのきらいな二文字」 徳田 周子

子供の頃にピアノを習っていた。毎日教えてくれるのは同居している祖母だった。
普段は優しいおばあちゃんがピアノでは鬼に変わり、えらく恐ろしかった熱血指導の合間に、彼女がたいそう大事そうに口にする言葉があった。

<表現>

表現しなきゃ、と口を酸っぱくして言っていた。小学生にはピンと来ず、なんだか高尚なことを求められている感だけがあって、嫌いだった。そんなご立派なことできまへんがな、と。

15年を経た今、音大に孫を入れたいという祖母の願いもむなしく、どういうわけだかなりゆきでテレビ番組を作る仕事に就いてしまった。そこで再び、やっかいなその言葉に出会ってしまったのだ。ある日「表現する仕事だろ」と諭されて、どっかで聞いた言葉だ、と思って記憶を辿っていったら、祖母のピアノに行き着いたというわけだ。
音と映像で作るテレビ番組も、制作の初めの段階で、その音なり映像なりを撮りに行く意義、「これにお付き合いいただくと、こんなにおもしろいことがあるんですぅ〜!!!」と声を大にして周りを説得しなければやらせてもらえず、そこは紙の上でのプレゼン勝負。言葉だけで表現しなきゃならない場面が意外にも多く、ここでもA4の小さな枠との格闘が始まる。
鍵盤のかわりにパソコンを叩いていると、子供の頃は謎だった<表現>の正体が、何やら恐ろしい魔物になって現れてくる。取材で出会ったモノゴトや人々をどう魅力的に見せたいか言葉にする、それだけのはずなのだが、なぜだか、そう簡単にはいかないのだ。
自分の頭から出てきたものと思いたくないような陳腐な切り口、面白みのない発想、鼻をつまみたくなるようなクサいフレーズ・・・変に力んでしまうのだろうか、表現しなきゃと思うと、普段なら絶対に使わないような、最も軽蔑しているような言い回しばかりが浮かんできて、随分と死にたくなる。それを人に見せるのだからもう、裸どころか、内臓を表に曝して歩いてるようなもので、恥ずかしいなんてレベルじゃない。A4一枚と言ったら学生のレポートよりも短いんだけれど、それでも書くのにぐったりしてしまう。

そんな毎日が今の自分の日常だが、去年の春までの3年間を費やした研究のことを振り返ってみると、あれもまた<表現>だったな、と思う。「世界をわたしはこういう実験手法で、こういうとこに目をつけて調べるんです、そしたらこんなにおもしろいことがわかる(かもしれない!)んですぅ〜」という・・・。当時は研究=個人の興味の赴くままにやるもの!とか思いこんでいたけど、もしそこに、表現してひとに美味しく味わってもらおうという姿勢があったら、自分の研究生活はもっと豊かになったんじゃないかと思い返す。学会発表とか論文とかそんな大げさな話じゃなく、家族とか友達とか、あるいは研究室の先輩や後輩に、自分が顕微鏡越しにのぞいてる世界がどんなにわくわくするものなのか伝えることに、もっと力を割けばよかったなぁ、と。たとえばここのリレーエッセイのように。データを出す時間を削ってでもそれはすべきだった。きっと楽しさが違ったはずだ。

そう、ちっともうまくできずに今じたばたしているけれど、日常の中の、もっと些細なことも含めて<表現する>って実はヒトのいちばん基本の喜びなのかも、と、うすうす気がついている。スピッツの歌詞でいうところの「望み通り投げたボールが向こう岸に届いた」という喜び。ちゃんと食べて寝ていても、あるいはお金や時間がたっぷりあっても、伝えたいことが表現できないときって、決して幸せにはなれない(片想いの苦しさ然り)。
 だからほんとはきらいじゃない。生来の怠け者でついサボりがちなんだけど、日々、ボールを投げて暮らしたいなぁ…と思っている。



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徳田周子
大学の卒論ではツメガエルの初期発生を、修士ではショウジョウバエの嗅覚記憶の研究をしていました。
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最近は大阪の飲み屋をうろうろしていることが多いです。
特技を聞かれたらハエの脳を解剖してキノコ体(という名の神経の束があるのです)を取り出すこと、と言っていますが、紙やすりで自分で削った特製ピンセットがないとやれません。細かいので酒席のネタには不向き。