2013年07月15日

吹いてきた風をつかむ (杉浦 真琴)

「好きなものから手を離したらそれまでだから,絶対に離したらだめだよ」と言われたことがあります。言ってもらえて本当によかった。ちょうど,私が研究活動の手をとめて研究から離れかけた時に聞いた一人の女性ポスドクからの言葉でした。

私の一番好きなものというのは顕微鏡でした。生命現象であったり,モノであったり,顕微鏡で覗いて観察することが好きです。ただ,もう十年来かな,好きで出入りしていた研究室の先生がたまたま過去,走査型電子顕微鏡黎明期からの使い手だった,という影響があります。どうにか試行錯誤して美しい瞬間を撮るところに興味を惹かれます。だからか,美しい写真を撮ることが真実を究めることに結びつくと思っています。

学部4年生の時,院試の英語の勉強で二重螺旋構造を提唱したワトソンとクリックの論文MOLECULAR STRUCTURE OF NUCLEIC ACIDS を眺めた時に論文の写真から美しさを感じました。そして,読んだ当時,文章はあまり理解していないかもしれないけれど,正しいんだろうな,きっと。と思いました。そう感じたのを強烈に覚えています。

話が若干それましたが,顕微鏡から離れないために,自分がこれから何がやれるか。どうしようかなと必死で考えました。

顕微鏡関係の職と特定をして探すのは決して容易ではありませんでした。ずいぶん長期戦になるだろうなと予想していました。JAREC-INを眺めたり,勉強会に顔を出したり。ここまで来るのに本当に沢山のいろんな人にお世話になりました。勉強だったり,技術だったり。積み重ねてきて感じるのは,過不足なく,どの機会も必要だったと思っています。そしてなんとか,希望する職を右往左往しながらもたどり着くことが出来ました。

職務は解剖学・病理学・組織学を中心として,色々な部位を染色して光学顕微鏡で観察したり,特殊な処理を施して電子顕微鏡を使ったりと,上手な言い方をすれば工夫したり,もっと造詣が深くなれば提案できる立場です。教育現場の実習インフラ整備も行ないます。

今の仕事で必要なのは解剖学の正しい知識と試料を作る根気,捨てる勇気。顕微鏡標本が上手に出来なかったら一からやり直しです。作るのもそれなりの時間がかかるので,かなり計画的に作っています。職として雇われている以上,見せて恥ずかしいものは絶対に出せません。どれだけやってもアーティファクトが出やすいので,それと気づかずに眺めてしまいがちですが,いい意味でいつも自分を疑いながら仕事しています。日常,ちゃらんぽらんな私ですが・・・。

次いで,解剖学・組織学は空間認知を要求される分野でもあります。クリエイティブな部分を少し刺激されます。組織学のお話を少し。観察する前段階で,標本ブロックから切片をつくります。それをうまく例えることができるのはオレンジ。標本ブロックをオレンジだと思ってください。そのオレンジをナイフで切るとします。しかし,切ると単純に言っても縦切り,横切り,斜め切り,何通りも切り方はあります。また切れる場所で切り口の状態は変わります。オレンジの中身を知るために連続切片を作り,結果を見て状態を把握しなくてはなりません。予想していなかった切片が出てきてしまったときは「私は一体何を見てしまったのだろう・・・(幻想だろうか)。」と考えこむことも。

毎回毎回,自分の手で顕微鏡試料や染色切片を作り出し,何がその要素となっているかをずっと観察する。切り口を工夫してわかりやすい試料を作る。こういった深みにハマってしまいました。よくもまあ,細かいステップを飽きもせずに毎日やれるな,と。本当に不器用ですが,一人で作るとか好きなんだろうな,と思います。

最近は感覚器である視覚器官,目の部分でデュア層という薄い膜が新たに発見されたとちょっとした話題になりました。2013年、今年です。今後きっと、解剖学,組織学関連書籍は全て書き換えられるでしょう。まだ体の中には名前が付けられていない場所があるかもしれない。そう思うとなんだか顕微鏡で探検している気分になります。

最後になりますが,現在積み重ねている仕事がメディカルに携わる人達の教育への寄与になればと感じています。私が作った標本を見て勉強して羽ばたいていってくれるのは本当に嬉しいものです。

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杉浦 真琴

趣味は写真と登山。週末もふらふらとなんちゃってアウトドアラー。