2015年03月24日

ホンネとタテマエ (黒田 悠介)

私の専門は有機化学である。
大学院生にもなると高校生や学部生相手に君の研究を話してやってくれとお願いされることがあり、特に断る理由もないので引き受けているがこれがまた難しい。研究の重要性を針小棒大に語ることに終始し、「話し方がおもしろかった」というありがたいコメントを頂く始末。重要だから研究している訳ではない。ではなぜ研究するのか。

今から5年ほど前の話である。研究室に配属され、やっと右と左がわかってきたものの、研究よりも部活に熱中していたB4の5月。いかにうまくサボるかを考えていた私にとって昼夜を問わず研究室に籠りきりの先輩は変態以外の何者でもなかった。ある日、実験が長引いてしまい気付けば研究室にはD3の変態先輩と私だけになっていた。帰宅する準備をしていたところ、深夜の研究室に大声が鳴り響いた。

「めっちゃ気持ちええ!これやからやめられへんねや!」

もう変態云々の話ではなく川端警察への通報も覚悟したが、話を聞いてみるとどうやら望みの結果が得られたらしい。とにかく楽しそうな先輩に釣られ、訳も分からず一緒になって喜んだ。

あれから5年経った今、私は博士課程に進学し、朝から晩まで研究室に籠りきりの生活を送っている。何があってこうも変わったのかを考えてみると、修士課程の間にめっちゃ気持ちええ経験をしたからということに尽きる。めっちゃ気持ちええ経験とは何か。それは完全に予想した通りの結果が得られるということである。

研究をしているとどうやっても乗り越えられない壁にぶちあたる。押してもダメ、引いてもダメ。ぶち壊したら勿論ダメ。八方塞がりである。悶々としながらも諦めずに試行錯誤していると、ふとした時に天才的なアイデアが舞い降りる。化学の神は私を見放してはいなかったと有頂天になり、変な踊りをするもいざそのアイデアを実行すると散々な結果に終わる。教授からの止めどないプレッシャー、迫り来る学会発表、母からの「あんたいつ結婚すんの?」。そんな過酷な状況下で掴んだ一縷の閃きに身を託し、思い描いた結果が得られた時、高野豆腐の煮汁の如く溢れ出る感情をどう表現できよう。

あの爆発的高揚感をもう一度体験したく、無我夢中で研究にのめり込んでいたら気付けばこの春からD3になり、次の春にはアメリカへ留学することが決まった。ドクターに進学するか否か、アカデミアに進むか否かは理系学生の大きな悩みではあるが、このような経験の有無に依るところが大きいのではないかと思う。ちなみにその先輩はあのときの経験が忘れられなかったのか、現在も大学教員として有機化学に従事している。

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黒田 悠介
京都大学大学院薬学研究科

化学も好きですが、三度の飯が一番好きです。