2010年09月26日

「虹」鎌田 耕平

「デカルトが虹を数学的に分析しようと思ったのは、虹にどんな特徴があるからだと思う?」
(中略)
「デカルトがその気になったのは、虹を美しいと思ったからだよ」

「ファインマンさん 最後の授業」レナード・ムロディナウ著 より

* * *

先日、研究会で高知に滞在している際に虹を見た。
曇り空の中に微かに見えるそれを見た時に胸によぎったものは、「美しい」ではなく、
「あ、よく見るとちゃんと (主虹と副虹の) 二つあって、色のgradientもちゃんと逆になっている」
というものだった。

虹を初めて見た時の感動は、そういうものではなかったはずだ。
いつからこのようなある意味頭でっかちな感想を持つようになってしまったのだろう。
"デカルトが望んだ"ものはこのようなことだったのだろうか。

翻って。
自分の研究は、宇宙の始まりを理論的に探る「初期宇宙論」と呼ばれる分野に当たる。
ビッグバンで"始まった"とされる宇宙。そのビッグバンがどうやって起こったか、や、ビッグバンが起こった頃にどのように物質が作られたかを理論的に考え、それがどうすれば検証可能かを考えている。

そもそも宇宙に興味を持ったのはなんでかと考えると、それは、小学校の頃に望遠鏡越しに覗いたすばるを美しい、と思ったからではなかったか。
東京のお世辞にもきれいとは言えない夜空にあっても、いや、むしろそんな夜空にあるからこそ、すばるの輝きはよりいっそうの美しさをたたえていたのではなかったろうか。

現在の研究だって、一見単純化されたきれいな模型の中にちょっとした不純物を加えることによって多様な宇宙が生み出されうる、そこに「美」を感じるところが出発点だったはず。この美しさをもっと理解したいと。

もう一度、自分の望みを思い出そう。
自然を美しいと素直に思う気持ち。それを理解したいと思う気持ち。
その感動を人と共有したいと思う気持ち。そしてこれからの自分の道標を。
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