2011年08月31日

「研究者としてどのように生きるか」京極真也

読んでいた本の中の言葉、“職業に貴賤はないが、生き方には貴賤がある”を読んだ時に閃きに近いものを得た。職業として研究者を選び始めている自分にも、どのように生きるかという選択がまだあるのだと気付かされた。しかしながら思い返してみると、その大筋は随分前に決まっていたかもしれない。それは『自分が面白いと思うことをしつつ、僅かながらでも人類が賢く永く生存することに役立とう』という私の中に永らく漠然と存在していた考えだと思う。これを今の私の専門の応用物理・物性物理に当てはめれば、研究者という職業をどのような目的で取り組んで行くべきかがわかるはずである。今、ホットな話題である京コンピューターと、自分の専門である計算科学を紹介しつつ考えてみようと思う。

− 基本方程式がわかれば、自然現象が予測できるか
 物理学、特に理論物理の最終目的は、多様な自然現象を記述する、統一理論、基本方程式を見つけることにあると思う。実際に物理学の歴史を辿れば、新たな現象の発見とそれの解明、理論の構築、統合を繰り返していることがわかる。では、基本方程式がわかれば多様な自然現象を予測できるかというと、実はそうではない。カオス現象のような複雑なものでなくても、基本方程式から実際の自然現象を予測することは難しい。その理由は、方程式さえ解ければ予測出来るものの、あまりの計算の膨大さに人間の力では解くことができないのだ。これはシステムのサイズ、即ち変数の増大に伴って困難は増大する。これを解決へと導きつつあるのは、コンピューターの進化という科学技術革新であり、実験、理論に続く第三の手法と呼ばれている計算科学の発展に由来する。

− 挑戦、人類はどこまで予測出来るのか
 今年、日本の京コンピューターが世界一を獲得し、計算科学のコミュニティを超えて、大きなニュースとなった。その規模は64万コアである。このことは日本が世界一を獲ったという事実に収まらず、人類が1桁大きいものが計算出来るようになったことを意味する。これにより、従来のスーパーコンピューターでは計算出来なかった規模や精度が得られることになる。京コンピューターの利用範囲は製薬やナノテクノロジーに代表されるミクロなものから、気象、はたまた宇宙などのマクロなものまで非常に広範囲にまたがっている。人類はスーパーコンピューターという大きなツールを得て、自然現象の予測という道の新たな一歩を踏み出すことが期待されている。

− 予測から設計へ
 私の研究室はその中でも、電子などの微視的な現象を記述する、量子力学に基づいた基本方程式から物質の性質を明らかする研究を行っている。その特色は第一原理計算と言って、人の恣意的、もしくは経験的なパラメーターを用いずに予測する点である。さらにその中でも、私の研究室の特色を言えば、スーパーコンピューターの高い性能を生かし、従来の計算サイズを凌駕する原子の数で構成された物質を第一原理計算することにある。
 ムーアの法則が言っているように、これまで電子デバイスは微細化に成功し続け、その性能を向上させてきた。また、それに伴いスーパーコンピューターは進化していった。しかしながら微細化を続けた結果、そのサイズが物理的限界に到達し、大きな変革が求められ、デバイス設計の開発の現場は岐路に立たされている。
 私の研究はその変革の中で期待されている、次世代電子デバイスの電子状態を明らかにし、その性能や改良を提言することである。けれども、その成果が実際に応用されることは非常に稀である。その理由の一つに、従来の計算ではデバイスの一部分しか扱えなかった事がある。そのような中、希望の一筋になりうるのは、京コンピューターを始めとするスーパーコンピューターの進化と計算科学の発展であり、実際に、その計算領域は徐々に広がって来ている。私は将来、デバイスを構成する物質の性質を予測するだけに留まらず、スーパーコンピューターを活用し、デバイス全体をシミュレーションすることによって、設計までを行えるような研究がしたいと考えている。もしそのステージに立つことができれば、自分の決めた生き方は研究者という職業において達成されるのだと思う。
 しかしながら、研究が面白くもあり、難事でもあるのは全ての研究において共通であろう。今はその志を持ち続け、やれるところまでやってみよう、というのが本音かもしれない。

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京極真也

東京大学大学院 工学系研究科

行き帰りの地下鉄の中ではローマ文明に傾倒し、昼は研究、疲れた夜は葡萄酒に手が伸びる日々を送っています。