2013年06月20日

チャイナなんてどうよ? (増井 恭子)

私は、とある事情で数年前に中国で1年ほど研究していたことがある。みんなが憧れ、挙って留学する、という話は聞いたことがない国である。中国語をニーハオ程度にしか話せない私は、化学を学びに中国へ行った。漢方や東洋医学、中国でしか育たない植物の研究、気象や自然災害といった、中国ならではの研究分野ではない。日本でも珍しくない、日本でも最先端の研究がなされている、金属ナノ粒子の合成方法を追究しに行ったのだ。チャイナに行っチャイナ?みたいな感じだろうか。この貴重な経験の一部を紹介したいと思う。

中国での研究、といえば、みなさんはどういったことを想像するだろうか?語学留学ではない、化学を学ぶのだ。これは中国という国のイメージにも繋がるだろうから、まぁ、想像に難くない。なぜ?という疑問を持つのも想像に難くはない。実際何度も何人もの人たちに同じ質問をされたのを覚えている。近年、経済だけでなく学術的な観点でも非常に目覚ましい発展を遂げている中国。北京オリンピックの興奮がやっと冷めてきた頃に、私は北京に居た。日本と同じようにタクシーでもスーパーでも英語が通じない状態の中での生活を始めた。

私が滞在したのは、中国科学院という日本でいう理研のような研究機関のある研究所だ。数多くの学術論文、優秀な研究者が育つことでも注目される研究機関。創設10年程の研究所には、海外で博士号取得されたり活発に研究されたりした後に帰国された先生方の研究室が軒を連ねていた。日本で博士号を取得された先生方も複数おられ、今でも共同研究を続けている研究室も数知れず。しかし、日本からの研究生というのは中国科学院全体でも珍しく、研究所としては初めて。戸惑いながらも、もの珍しく歓迎された感じだった。ひやひやしたことも何度かあったが、これはまた別の話。

北京には、かなり多くの留学生が居た。主に語学を学びにきた人たちで、道を歩けば複数人とすれ違う。研究目的にやってくる留学生は東南アジア、中東アジア出身といったところだろうか。実際、語学実習で知り合った友達もイエメン、パキスタン、ベトナムなど、いわゆる発展途上中の国出身。彼らは、気象や気候変動、伝染病、ヒマラヤに生息する植物に関する研究をしにきた。ときどき、この国でなくてもできる分野の研究もあったけれど、研究者として学位を取得するためにやってきた人たちと出会う良い機会だった。

私は化学を学びに行った。設備は日本とほとんど変わらない。見慣れた実験装置や実験器具、見慣れた機器メーカーのカタログ。違いがあるとすれば、薬品のラベルや説明書が中国語であることぐらいだろう。日本で使っていたレーザー、走査型電子顕微鏡、最新の光学顕微鏡設備。ほとんどが最新の、まさに最先端の装置が並ぶ。しかも、近隣の大学にある設備のほとんどを、教授の電話1本で共同利用できるらしい。(順番が回ってくるのは半月後ってこともあったけれど。)まさに、この国の研究分野への潤沢な懐事情と柔軟性を反映していた。

とてもリッチな雰囲気の漂う研究環境の中で感じたこと。それは、開発段階をすっとばして最新設備を導入している、という点に関わる。近年、各国で研究開発が進み、最先端技術を駆使した装置は数多く出回っている。その最新の、スタートボタンをひとつ押すだけで答えが出る装置をたくさん所有できる環境。そして、同じようなものを安価で精度良く生み出し、さらにより良く改良できる技術力。大きな装置を大量に作り出せる広大な土地とマンパワー。もちろん、できないことも手に入らないものも、たくさんある。けれど、ここが近年の学術研究発展のポイントだと思う。

これはおそらく、皮肉と取られるだろう。けれど、うらやましい環境だと思うことも多々あるのは事実だ。日本では、よく分からないしがらみで使いたい装置を使えなかったり、委託検査の高額見積りに悩んだりすることもある。高額な部品の価格や特注品の価格に戸惑ったり諦めたりすることも多い。もちろん倫理、安全性、品質や精度に関わるので、ここで議論するつもりはない。でも、良いか悪いかはさておき、安価で使いやすいように改良されたものが、簡単に短時間に手に入る環境は、なかなかうらやましいものだと思う。

これだけ最新設備が揃う研究所群から少し外れるだけで、まだまだ土埃が舞う道路や住宅地が存在する。マンパワーってすごい!と思う情景がまだまだある。新しい背の高い建物が急に建つこともあった。あるとき、居室のシャワーはホース剥き出し(ヘッドなし)だった。それでいて、優雅にカフェでお茶をする光景もよく見かけた。この新旧の混じった感じがまた、なんとも言えない。日本との戦争を彷彿とさせるテレビドラマを毎日のように見ている人でさえも、私にとても優しくしてくれるという奇妙な嬉しさもあった。ここ数年でまた大きく変化しているに違いない。

おそらく科学分野での留学といえば欧米が人気なのだろうけれど、近場で(しかも中国国内へ帰省する友達よりも簡単に短時間に行き来できる環境で)手を打つのも悪くないだろう。案外、やりたいことが短期間にできるかもしれない。一度会って食事をすれば、きっとすでにみんな友達。英語はもちろん中国語も学べ、人間性や異文化に触れることもでき、中国四千年(?)の味を誇る中華料理を案外どこでも安くたらふく食べることもできる。迷ったときに、候補のひとつに入れてみてはいかが?


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増井恭子(ますいきょうこ)、博士(工学&理学)
大阪大学フォトニクスセンター 特任研究員

専門は、ナノフォトニクス。特に、二光子加工、金ナノ粒子、プラズモニクス。金ナノ粒子/ポリマーコンポジット作製法と極秘テーマを研究中。

日本では珍しく似通った2つ(工学と理学)の博士号を持つ。
たくさんの人に頼りながら(そしてそんな人たちに心から感謝しながら)、できることは自分でやるように心掛けている。ある意味、自分ひとりでできることなんて、ひとつもない。いつも誰かに助けられているから、私が私らしくやっていられる。カッコいいことや偉そうなことを言えない、まだまだ半人前の研究者。おもしろいとは何か、夢とは何か、答えが見つからなくて悩み中。