2014年11月27日

トンネルを一つ抜けた話 (齊藤真理恵)

「研究者」を名乗るには尚早だと感じているのが正直なところだが,いつの間にか,研究らしきものを始めてから三年が経過してしまった。
 戦前の文学,クラシック音楽,モノクロ映画など,十代のころから古いものが好きだった私は,長じて古い大学に入り,そこで自然人類学という学問を知った。「ヒト」という生物の特徴と,それが形作られた進化の歴史を科学的に探究するこの学問は,私にとってとてもロマンチックで魅力的に見えた。そして,自分の手で謎に挑んでいく研究者というものに憧れ,独創的でわくわくするような研究をしたいと夢想した。

 だが,研究室に入って程なく,それは容易なことではないと知った。
 「何を研究するべきか」という研究テーマ決めは,多くの学生なら研究生活の初期に済ませてしまうことである。しかし私には,全身全霊をかけて取り組みたいと思える謎を見出すことがなかなかできなかった。ある時私は,不思議な現象を見出したが,「なぜそれが起きたのか」ということに対する,面白く且つもっともらしい仮説を考え出すことができなかった。またある時は別の「仮説にあてはまるような」現象を見出したが,その仮説は誰でも思いつきそうなことに感じられてしまった。
 思い返すと,研究集会などで「あなたはどんな研究をしているのか」と問われたときに,即答できなかった時の方が多かったようにも思う。そうこうしているうちに時は流れ,研究仲間たちは立派に賞を受けたり,留学したり,学位をとっていったりした。昼夜休みなく実験に勤しむ仲間たちを横目に見ながら,ひとり煩悶した時も数えきれないほどあった。彼らは「追究するべきもの」をとうに掴み,それに向けて励んでいる。自分には「何を研究するべきか」さえ,まだ見えていないのだ,と。
 そんな状況を甘受できる筈もなく,私は頭を抱えながらがむしゃらに研究テーマを考え出しては,逐次それに挑んでいた。幾つかの小さな発見はあったが,学位に値する謎ではないように思えた。そのため私は「真のテーマ」を探すべく,幅広い学会やセミナーに参加したり,先人の研究論文を山のように読んだり,あるいは一人で旅に出てみたり,東京を離れ沖縄の研究室に滞在してみたり,いろいろなことをした。

 その中のどれが功を奏したのかは分からないが,本当に最近になってようやく,つまり研究を始めて三年が経過してようやく,面白そうなテーマを掴みかけている。先日,そのテーマについての予備的な解析の結果を学会で発表することにした。それは所謂「ホットな・流行りの」テーマではなく,どちらかというと地味なテーマであるため,類似した発表をする研究者は見受けられなかった。従って,学界にどのように受け止められるか内心恐々としていた。が,いざ発表してみると,多くの研究者が関心を持って下さり,晴れがましいと同時に身が引き締まる思いになった。研究発表の後,或る先輩研究者が「頑張っているね。」と仰って下さった翌日に,「これで終わりじゃないんでしょう?」と,つまり,今後この研究をもっと発展させるんだろう,という意味を込めて尋ねて下さったのが嬉しく,いまだ昨日のことのように思い出される。
 学部三年生の時に「テーマを探すために」初めて参加したのがこの学会だった。今回の参加は,それまで参加したどの学会よりも充実していたように感じているし,肩の荷が少し降りたせいか,他の研究者たちの発表もいつにも増して興味深いと感じることができた。それらによって私は人類学という学問と,研究者仲間たちのことをとても好きなのだと改めて思うこととなった。

 結局のところ「トンネルを抜けるための方法」が分かったわけではないし,今後も第二,第三の新たなトンネルが続々と現れることであろう。然しながら目下,ようやく研究テーマを得た私は,出遅れた分を取り戻すべく,一層研究に邁進していこうと強く思った次第である。
 そしてひいては,この自然を動かしてきた原理の探究に人生を捧げる,「研究者」というものになりたいのだ,と,改めて抱いた決意をここに表明する。無論それだけではなく,常日頃精神的,物質的に支えてくれている家族や仲間,友人,指導教官への感謝もこの機に表明することとする。


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齊藤真理恵
 東京大学 大学院理学系研究科 博士課程一年
 進化人類学を専攻しています。具体的にはヒトとおサルの遺伝情報を比べることで,進化の歴史と原動力を知ろうとしています。古いもの・歴史を感じられるものと,ストーリー性を感じられるものが全般的に好きです。